一首評をやっていく企画Vol.03

あのひとがきみと友達だった頃好きと言ってた映画の空だ ／ 久久カナ

　床屋の待合で書いている。
　壁の向こうから聞こえる鋏の音に、もっともただしいオノマトペはなんだろうか、などと考えている。今日の僻地は曇り。一般的な印象と違い、実は日照時間は内地より短かったりする。床屋の窓は大きくて明るく空がよく見える。
　こんなとき、ぼくがふと思い出す「あなた」の多くは遠く離れた場所にいる。それぞれの生活とそれぞれの空があって、いまぼくが見ている明るい曇り空とは違う。あの頃いっしょに見ていた空はもうどこにもない。あたりまえの話だが、空はひとつだが同じではない。

　なーんてことを思った一首。

　ぼくの初読はヨミアウのチャンネル内（2023.01.11.）。久久カナさん（@moonusagitenshi）はTwitterでもヨミアウでも精力的に作歌、評をされているが、中でもこれは抜群によかった。
　この歌、スルッと読めてしまうものの、その実、内容はなかなか難しかったりする。ヨミアウの感想でも意見が別れていたが、ぼくは失恋の歌と読んだ。
　友人であり主体が好きだった「あのひと」と、友人だった「君」。選択により関係は変わり、わたしは恋と友人を一緒に失ってしまったけれど、今もふたりのことを嫌いにはなれない。そんな微妙な、一種の三角関係の歌。ちょっと読みすぎかもしれないが。

　この歌はなにより結句の「映画の空だ」がいい。好すぎる。ズルい。ください。
　主体と「きみ」は好きな映画の話をする程度の関係にはあった、ということだし、そんな相手のちょっとした話を今も覚えている／忘れられないということでもある。映画であるから何度も見返したのかもしれない。けれど、映画である以上、そこにあるものはすべてがもう終わってしまったもの、過去でしかなく、主体は映画をただ遠くから見ることしかできないのである。
　この「映画」もそうだが、「あのひと」や「だった頃」という時制や人、もの、作中のすべてと主体の間に一定の距離があり、すべてのことはもう決定されてしまったのだという、不可逆の感覚が強く発生している。それはもう変わってしまっていて、もう、けして戻ることはない。
　上の句から歌われた過去が、結句によって過去を見つめる現在へと繋がり、変えようのない閉じられていた空間が、一気に上方向へひらけて広がっていく。その空が明るいのか暗いのかはわからない。だが映画も、空も、見るときは前を向くのだ。哀しみのある歌ではあるが、明るい印象であざやかに終わる。晴れた日の冬の風のような、素敵な歌だと思います。