一首評をやっていく企画Vol.02

わたくしがあなたをみちびく千日手またはじめからやりなおそうね / 賀茂杏子

 こういう歌をつくりたいな、と思った一首。
 この歌はみんな大好きtoron*さんが主催されている恋愛短歌同好会で拝見したもので、作者の賀茂杏子さん(@nezame_2410)は主にうたの日で活動されているようである。なおTwitterで拝見していて個人的に好きだったのは表題のほか下記のあたり。ひらがな、というか文字/表記の使い方が上手い方だなという印象を持っています。

夜涼みにオーウェル読める傍らにぴぴるぴるるとサイダーの鳴る


街はまたねむる am/pmの更地になったあの冬の街


あをあをと広しルノワールの草原に恥じゐるやうにくれなゐの咲く


秘めしこと秘めつるままに山茶花はひとへひとへと花びらを脱ぐ

 表題の歌だが初読時は頭に ? がいくつも浮かんだ。なにしろ情景がまったくわからない。「恋愛短歌」として出されているので、最初はミニマムに、ふたりの関係を決定せず維持したいというふうに読んだのだが、どうにもそう簡単には収まらない、得体のしれない力が感じられる。
 千日手とあるので将棋なのかもしれないが、盤面を挟んだ勝負という枠を超えた、途方もない、宇宙的な広がりがこの歌にはある、ように思う。
 さらにはその空間に満ちているのは、かろやかな読み口とは異なり、べっとりとした、情念としか言いようのない強烈な感情である。
 主体による対象へのコントロール、絶対に逃がさないという強い意思、それでいて決定的なことはおこさないし、おこさせないという支配欲。やさしく丁寧な語り口がまた恐ろしく、これまでいったい何度繰り返してきたのか、慄然とさせられる。絶対最初のループじゃないだろこれ……。(余談ながらなんとなく萩尾望都っぽいな、と思いました。)
 そしてここまで来ると、読む我々の側も何度も何度も読み返すことになるわけで、つまりはこの歌のループに巻き込まれているのである。立ち止まらせる、捕まえる力の強い歌だと思う。
 つくりとしては「千日手」以外をすべて開いた表記がまず上手い。歌の真ん中に漢字3文字がきて、前後は対をなしているため、ループするような感覚を呼び込んで来る。13音5音14音という繋がりになるので、2句目の8音も気にならない。(さらには読んでいるとひらがながのたうち波打つようにも見えてきてまあ恐ろしい。)「わたくし」や結句の「ね」も、やわらかな印象と同時に違和感と恐怖を連れてくるので非常に効果的だと思う。
 あくまでもわたしとあなたの、ミクロな関係を歌いながら、異様なまでの広がり/深さ/不滅という通常ではないマクロな感覚を味あわせてくれる。読んだ人間をどこか遠い場所へ放り出してくれるような歌。好きです。